肺がんステージ4からの復活劇

初めまして。10日後の花道です。

 

突然、肺がんステージ4を宣告されました。

 

きっかけはふとした、人間ドック

(有名人がお忍びで来るところ)

これまで体調になんの違和感もなく、しいていうなら声がれだけしていました。


人間ドックの結果は


「肺に影があります。大きな病院にいってください」


驚きました・・・・。でも

「まぁ大丈夫だろう」そう思って大きな病院に行くと先生から


「すぐPET検査をしましょう。」

 

次回、衝撃の宣告

 

 

 

 

禁止事項

おはようございます。

天の声です。

 

担当医から言われた禁止事項は《運転禁止》

 

脳に転移しているため

 

突然意識を失ってしまうことがあるからなのだそうです。

 

 

運転禁止=仕事ができない

 

脳転移の症状が何もない夫は受け止められるわけがありません。

 

その後、二人で話し合い、スクールバスの運転は子供さんたちの命に関わるので

すぐに辞めることにしました。

 

その後も、ずっと話し合い、今は運転はまったくしていません。

 

どんなに辛いだろうか。

 

夫は運転がものすごく上手です。天才だと思います。

 

今の子供たちは、運転すること、車を持つことにあまり興味がないようですが、

 

私たちの若い頃はそれはとても大切なことでした。

 

夫は誕生日が12月であることが悔しくてたまらないようで、

18歳になるのが待ち遠しく、誕生日とともに免許を取得したような人です。

 

初めて乗った車から今までずっと助手席に乗せてもらってた私にとっても

とても辛い宣告でした。

 

運動神経もすごく良いのに  走れない

 

大好きなバスケットができない

 

そのうえ  運転もできない

 

 

話し合いの中、近場であれば運転したい思いがとれなかった夫に対して

 

私はとても辛いであろう言葉をたくさん言ってしまいました。

もう少し優しい言い方もあったろうに  

と反省しています。

 

 

夫の気持ちを考えると、ブログを書いている今、涙がとまらないです。

 

もし人身事故を起こした場合の後悔を考えると、運転は絶対にしてほしくなかったのです。

 

 

夫が何か前向きになれることが出てきますように 

 

入院していました

お久しぶりです。天の声です。

 

あっという間に一月が終わり、すでに二月半ば。

 

夫の病状を心配されている方もいらっしゃると思います。

 

一月半ばに新しい抗がん剤の効果を確かめる検査が行われました。

その結果、、

 

原発巣の肺、リンパ等は増大しているとは認められず一安心。

 

ただ脳に多発的に転移が認められ(20か所以上)

 

すぐに放射線治療の為入院することとなりました。

 

一月末から二週間の予定で入院し、放射線治療を終え退院してきました。

 

 

脳に沢山転移していると聞いて、皆さん驚かれたと思います。

 

しかし何故か、何の症状もなく、普通通りなんです。

 

入院するときは、「暇やからブログ書くわ」と言っていました。

 

が・・・

さすがに放射線治療は辛かったのか、腰が痛かったためか、

 

ブログを書く気になれなかったみたいです。

 

退院直後は以前のような超人的な元気は無くて、

 

体力が相当落ちたように感じました。

 

二週間ほとんどベッドの上で過ごしていたせいだと思われます。

 

退院して数日経ちました

 

少しだけ元気が戻ってきたようです。

 

禁止事項がさらに増えました。

 

次回は禁止事項についてかきますね。

 

 

 

 

 

 

 

今年も宜しくお願い致します

年明け早々に大きな揺れから始まり、

 

落ち着かない日々を過ごしていらっしゃる方も多いと思います。

 

皆様のご家族、友人の方などご無事でいらっしゃいますか?

 

幸い私たち夫婦は家族共々元気でおります。

 

内灘町の中でも未だに断水が続いて、大変不便な生活をしている方も多い中

 

うちは断水もなく、揺れによって倒れたものもなく、普通に生活しています。

 

お風呂に入った瞬間、ご飯を食べる瞬間、ベッドにもぐりこんだ瞬間、スーパーで買い物をしている瞬間、ガソリンを給油している瞬間、暖房をつける瞬間、いろんな時に、ふと「申し訳ないなぁ」と思います。

 

親しい友人が珠洲の実家に帰省していて、

 

家が倒壊し左足を骨折。

 

道が寸断されていて病院に行けず、もちろん救急車も来てくれず、

 

痛くて痛くて寒くて寒くて不安の中そのまますごしていました。

 

心配で心配で

 

3日の早朝に「入院できた」との報告を受けた時は嬉しかったな~。

 

息子さんと弟さんが何とか運転して、病院まで運んでくれたそうです。

 

しかし、入院しても停電のため手術ができず、、、

 

やっと5日に富山市内の病院に転院し(自衛隊の方が運んでくれました)

あさって10日にやっと手術できることになりました。

 

 

未だに骨折したまま痛みと闘っている友達がいるので

 

本当に今回の地震は他人ごとではありません。

 

祈る事しかできない自分の無力さが歯がゆいです。

 

痛くて寒くて不安で大変なのに、

 

友達は辛いとは言わず、私が無事であることを喜んでくれています。

 

能登の人はやさしくて、辛抱強くて、

 

能登はやさしや、土までも」の言葉通り

だなと身に沁みます。

 

今の自分に何ができるのか?

 

石川県民だけでなく、世界中の人が考えていると思います。

 

今はとにかく、犠牲になられた方へのご冥福,

被災された方の安穏、

命をかけて救助救援にあたって下さっている方への安全と感謝を祈りつつ、

普段とかわらない生活をしていくことしかできないなと思います。

 

これから長い時間、復興が続きます。

 

長い時間の間には何かできることが見つかるはず。

 

それまで、体力温存しておきましょうね。

 

 

 

 

 

退院後

おはようございます。

天の声です。

 

退院後の夫の様子ですが

 

咳は少しだけでます。

そして

腰の痛みはありますが、

 

運動機能としては前と変わりありません。

 

ただ一つだけ 目立った副作用があり それは

 

【脱毛】です。

 

私からすれば脱毛はまったく問題のない副作用なのですが、

 

本人は辛いだろうな。

 

何より寒い

 

毛糸の帽子をかぶっているので、外に出る時はいいとして

 

夜、寝る時が寒いようです。

 

 

 

 

今週初めに愛知県の病院へ、背骨の手術後の経過を検査してきました。

 

手術をして下さった脳神経外科と、

 

放射線科をまわってきました。

 

ボルトの緩みもなく、神経の圧迫もなく、問題ないとの事。

良かった♡

 

次回の背骨の検査は三か月後になります。

 

放射線科の先生がおっしゃるには、

 

「リンパ節の転移が少し縮小したように見えます。」

抗癌剤が効いているのかもしれませんね。」

 

との嬉しいお言葉!!

 

一月中旬に、内灘町の病院で新しい抗がん剤の効果の検証をしますので、

また結果はお知らせしますね。

 

肺がんが発覚してから三年がすぎました。

先日、誕生日を迎え61歳になりました。

 

今年は色々あったな~

 

あっという間の一年でした。

 

日々、感謝しながら過ごせるのも

夫がガンになったから。

 

だと思っています。

 

次回の更新は年が明けてからになるかもしれません。

 

皆様良いお年をお迎えください。

 

 

 

退院しました。

おはようございます。

天の声です。

 

 

夫は十日ほど前に無事退院しました。

元気にしておりますのでご安心ください。

 

今回も副作用はほとんど無く、安堵しています。

 

 

詳しい報告は次回で書かせて頂きますね。

少々お休み頂いた

こんにちは~ 10日後の花道です。

 

 

前回、大変ショッキングな出来事のお話をさせて頂きましたが、

 

そのショック(2か月たってますがぁ)から立ち直り

続きを綴っていきたいと思います。

 

お付き合いの・・・程お願します。

 

 

      リハビリのお話の続編

 

先生から,ストップがかかって少々お休みを頂いた

 

のちに、

 

自分の今の体に合った負荷をかけての再開です。

 

 

今までの数値の

約 半分 にまで下げての開始です。

(気持ちは最悪)

 

こんなに体力が落ちているとは‥‥

(情けない)

 

年齢も関係しているとは思いますが・・・

 

やはり・・・

 

     【継続は力なり】

やり            続ける事こそ

が大事っと今更ながらに思った次第でございます。

 

 

バイクを乗り終えて

 

さ~リハビリの本番

 

ストレッチのお時間になりました。

 

 

「最初に言っておきますが大変でした」

 

 

まぁ~痛いのなんのって

 

半分拷問です。

 

脚の裏側・・・

〈ふくらはぎ〉

〈ハムストリング〉

〈股関節〉

臀部・・・

 

etc.

下半身は別人間

本当に悲鳴を上げました  『ひゃぁ

 

 

悲鳴をあげつつ・・・

 

今度は、背骨によくない筋トレは避けつつ

腹筋運動

 

     インナーマッスル専用筋肉増強月間!

 

これがまた、超大変(@_@)

 シックスパックを持つ私としても

 

インナーマッスルは内臓脂肪が邪魔をして

 

効く効く〈ヒィハァー〉

 

 

なんと

 

人生初の

 

腹筋が攣りましたぁ~

 

右シックスパック上部

ひとかけらが  痛い痛い苦しい痛い苦しい

 

の連続技・・・(-_-)/~~~ピシー!ピシー!

 

 

周りにいた患者さん、その他の先生たちが

一斉に

 

私をみるぅ~

(恥ず)

 

久々の羞恥心でありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

次回、羞恥心以降 っでお会い致します。(不定期でぇへ

 

少々お休み頂いた

皆様  10日後の花道です。

 

タイトル詐欺かとお思いになるかとは存じますが・・・

 

どうしても伝えておかねばならない事を

伝え忘れておりましたので

 

タイトル詐欺になるかもしれませんが

     【重大な宣告】

 

に本日変更させて頂きます、宜しくお願いします。

 

 

 

仰々しくタイトルを申し上げましたが

 

私にとって

 

まさしく

 

       【死刑宣告】

 

っに値する

 

お話をお伝えしなければならないっと

 

 

さかのぼる事

 

2ヶ月前

 

 

 

場所は

 

愛知県

名古屋市

 

某所

 

ガンセ〇ターにて

 

 

私が痛みと(激痛)戦っていた頃

 

そろそろ退院も見え始めて

ウキウキしていた頃

(でも痛い)

 

脳神経外科医のDr.から

 

「10日後の花道さんそろそろ痛みも収まってきたんじゃないっすか」

 

「抜糸(ホッチキスの針の様な物)しますか」

 

「お願い出来ますか❓」っ私

さらに

「お願いデスから痛くしちゃや~よ」などと

 

 

「では・・・早速」

「プチプチプチ」抜糸の音

 

「はいおわり

 

無事終了😁

 

 

 

っの時

Dr.から

『10日後の花道さんお家に帰ってからのお話ですが・・・』

 

 

 

 

 

『バスケ禁止ですねぇ~』

 

 

っと・と・・と・・・突然❓

 

っえ・え・・え・・・なぁに❓

 

 

動揺があきらかに顔からにじみでておったそうなぁ~

 

Dr.は何を言っているのぉ❓

 

禁止って

走れない・・・

飛べない・・・

ぶつかれない・・・

 

ッテ事になる訳ですよねぇ~

 

 

我がバスケの歴史

 

 

小学校でミニバスを始め

 

中学校で3年間

 

高校で半年

(どうしても他の部活に誘われたから)

 

社会人になって

NEW GUTSっうチームにて

 

佐〇急便に入って、バスケが出来る環境ではなかった

(そんな暇がなっかた過酷)

 

子供たちが中学でバスケをしだして

外部コーチ

 

コーチをしたなら審判を

 

審判をしたらプレーヤーを

 

内灘ク〇ブにて

 

年齢が上がるにつけ

 

チームUMで

OVER50から

OVER60へ

現在に至る

(詳しいお話はブログを読み返して下さい)

 

っとまあぁ~人生の半分はバスケに携わって参りました。

 

OVER70はまだカテゴリーがないけれども

OVER80・90

 

尚、北海道に90歳以上の現役プレーヤーがいらっしゃるので

 

っと後・・・

30年間はバスケができたのにぃ~

 

 

何故・・・WHY❓

 

それも・・・

 

Dr.は何事もなかったように

淡々と粛々と

 

【禁止】

 

っと簡単におっしゃって( ^ω^)・・・

 

事実、手術に関しましては絶対的に信頼をしておりますが・・・

 

もう少し・・・

言い方が・・・

例えば

 

「えっと、言いにくいのですがかぁ~」っとか

腕組みをし、頭を傾げながら~

「少々運動は控えた・・・」っとか

 

などと、配慮が欲しかったのです(*^_^*)

 

長々とお話をさせて頂きましたが、

 

私のバスケ人生に終止符が打たれました事をご報告した次第です。

 

追伸、ゴルフも

【禁止】

っとなりました。

 

 

 

 

 

 

 

次回、少々お休み頂いた っでお会い致します。(不定期でぇへ)